過ちの契る向こうに咲く花は
「すごい……こうはっきり言いますね」
 思わずそこに食いついてしまう。
「うん、だって別に葵ちゃんのこと不細工だって思ってないから」
 さらにあっけらかんと言われる。ここまでくると清々しくて、脱力というよりも気が楽になってきてしまう。
「気休めだと思わないでね。俺、そういうところに嘘はつかないから。で、どっち?」
 真実味があるんだかないんだかは判断できなかったけれど、もうそこはどうでもいいような気さえしてきてしまった。

 不細工と言われたこと。
 努力をしていないと言われたこと。
 この二つを天秤にかければ、答えは自然と出る。

「努力放棄、ですね」
 一番、認めて欲しかったもの。それをしていないと言われてしまった。
 もしかしてそのベクトルが違っていただけなのかもしれない。私は地味になるように努力していた。
 だけど彼女たちにとっては、それは努力と言わないのだ。

「じゃあ答えは簡単だよね」
 鳴海さんはコーヒーをひとくち飲んで、優しく微笑んだ。
「きれいになる努力をしたらいいんだよ」

 きれいになる努力。そう言われたことに目から鱗、というわけでもない。
 それでも改めて言われると胸にぐっと太い針を刺されたような気分になってしまう。
 だって、それをしてしまってはいけないような気がしているから。

「いやだ、って顔してる」
「そんなに私ってわかりやすいですか」
「うん、そうだね。作ろうとしてないから」
 作ろうとしていないから。その意を一瞬計りかねる。
 でもたぶん、同年代の女の子たちみたいに、キャラがないってことなのかもしれないな、と思い当たった。大学時代の友人たちは、いやなことにいやな顔をしない。その場では笑顔でいて、後からたっぷり愚痴をこぼす。

 そういえば、どんなに周りとあわせようと思っても、あれだけは真似できなかったなあと思い出す。だから深い付き合いがないのかもしれないけれど。

「きれいになる努力って、なにも後ろめたいことじゃないと思うけど」
 確かにそうだ。だけど私の場合はちょっと違う。
 また言われたらどうしよう。顔だけのくせに。あのひとことが今でも私を捕えて離さない。
「目立つの、いやですし」
 曖昧に答えると鳴海さんが笑った。
「もうあんな噂出て目立っちゃってるんだから、今更じゃない?」
 どうせならとことん目立っちゃえば。そう言わんばかりに。

 そう言われてしまえば、そうだ。すとんと心のなかに落ちる。
 ということはやはり私がこだわっているのはその部分じゃないのだろう。
 わかってはいる。だけどことばにしたくない。
 
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