遅咲きプリンセス。
 
そっか、今日だったのか……。

私は諸見里さんのプレゼンのことで頭がいっぱいだったし、菅野君のほうは極力見ないようにしていたから状況は分からなかったけれど、あのマスカラ、ちゃんと世に出られたんだ。


何度も試作を重ねても商品にならないこともあるし、相手企業やこちらの都合でも、企画が立ち消えになってしまうことも、ままある。

この間、私の睫毛で試し塗りをしたあのマスカラは、商品化まで本当にあと一歩だと思っていたから、なんだか自分のことのように嬉しい。


「それで鈴木は? そんなにお洒落して、これから誰かと待ち合わせだったりすんの?」

「わわ、私が!? だだ、誰かと!?」

「うん。時間潰しなのかと思って」

「いややや、1人!とっても1人でゃよ!」

「でゃよ、って。ウケる」

「う……」


場所を、比較的込み合っていない、パフやチークブラシの陳列棚付近の壁際に移し、菅野君と並んで少しばかりの世間話的な会話をする。

しかし私は、どうにもまだ動揺が治まりきっておらず、ひどく噛み噛みだった。

情けない……。


でも、こんなに普通に菅野君と会話ができているんだし、月曜日からは、会社でも、あいさつ以外の会話もあるかもしれない。
 
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