遅咲きプリンセス。
 
なぜか菅野君も一緒にメイクルームの中に入ってきて、あれ? と思っている間にマスカラをパッケージから出し、蓋を外して構えたのだ。

さすがにここは止めておかなければならないと思い、マスカラを構えている菅野君に質問を投げたのだけれど、しかし彼は、どこ吹く風。


「すぐに感想聞きたいじゃん。ほら、目。早くつぶって。マスカラが乾く」

「ああ、うん……」


と。

すっかり菅野君のペースに持ち込まれ、しかし特に断る理由もなかったので、前もって眼鏡を外してから言われた通りに目を閉じた。

のだけれど……。


「鈴木の唇、美味そう」


その、なんとも甘美な響きの囁きが聞こえたのと同時に、ちゅっと唇を奪われる。

慌てて目をひんむくと、ド近眼のために至近距離でもぼやけて見える私の目に映ったのは、赤い顔で斜め下を向いてうつむく菅野君だった。

驚き過ぎて声も出せず、微動だにもできずにいると、やがて私と目を合わせた菅野君は、赤い顔をさらに赤くし、ボソボソと言う。


「諸見里とかいうカリスマからモニター依頼を受ける前から、鈴木のこと、ずっといいなと思ってた。俺には元々、ダサいとかお洒落とか関係なかったんだよ。鈴木だからよかった」
 
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