ライギョ
「どうしたの?ぼぉーっとして。熱でもあるんじゃないの?」


そんな事を言いながら千晶(ちあき)さんがカウンター越しに俺の額に手を当てる。


正直、そんな事をされたら尚更、熱、上がりそうなんですけど…とも言えず


「大丈夫ですよ。少しここの所、疲れていて……」


職場の近くにあるBAR「リラ」


その店を一人で切り盛りする美しいオーナーの千晶さんが出してくれた日替わりパスタをフォークで突っつく。


ーーー旨い…


「リラ」は看板にはBARって書いてあるけどちょっとした軽食なんかも出していた。


自炊が苦手な俺の食生活はほぼ「リラ」で持っている。


「実家には帰ってないの?ご両親にたまには顔を見せにいかなきゃダメよ、こっちはサービスよ。」


と、言いながら千晶さんはアイス珈琲をそっと置いてくれた。


俺は大阪には一度も帰っていなかった。


あの時、親の転勤で大阪を離れた俺は二度と大阪に帰ることなく、この街で大学に行きそして就職もした。


俺が就職して2年目になる春つまりは去年、父親は定年より数年早くに退職し、大阪にある祖父母の家へと引き上げた。


年老いた祖父母の面倒を見るためにーーー


と言うのは表向きの事で、実際は祖父母もまだまだ健在で介添えなど全く必要ない。


それに親父の実家はそこそこの資産を持っていて割りと裕福な環境だった。


だから、定年まできっちり働かなくても生活の心配する事なくこれからは好きな事をして過ごせるだろう。


後々知ったけど、親父とおふくろは俺の事を心配してあの騒ぎの時、会社に転勤を願い出たらしい。


親父たちにとっても慣れ親しんだ土地を離れる事は楽では無かったはずだ。


それでもそうせざるを得なかったのは、やはり俺を一番に考えてくれていたからだろう。


あの時は転勤を恨んだ俺も今ならその思いを素直に受け止めることが出来る。


それで、親父たちは俺が今こうして社会人となり安定した収入を得れるようになったのを期に
漸く、地元大阪へと帰ることにしたのだ。


あの大阪城に潜む雷魚の元へーーー





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