ライギョ
俺から話を聞き終えた千晶さんは


「不思議ね。」


と言った。


「ああ、安田が見つからなかった事ですか?」


「うん、それもだけど…。君と私も。」


「えっ…?」


「ほら、だって数日前まではうちの店に来る常連の男の子でそれ以外、君について何も知らなかったわ。」


「ああ、まぁ。」


「だけど今日一日でお互いの人生の半分は知り合えた。」


悪戯っぽい笑顔でそう言うあなたに俺がすっかり心奪われている事はまだ知られてないけれどね。


俺がそんな事を思っているとは知らずに千晶さんは


「さてと、知られついでに私のヲタ知識惜しみなく出すとしますか。」


とまぁ、そこから地獄の…いや、熱烈指導が始まったわけだけど。








「そろそろ、行った方がええんちゃうか。なんかあったら俺を呼んで。すぐに駆け付けるから。」


昨夜の事を思い出していると山中の声に遮られた。


「えっ、ああ、そうする。まぁ、そんな事はないだろうと思うけど。ちゃんと確認してくるよ。」


「千晶さん、」


今朝から口数が少なかった小夜子が不意に声を掛けた。


「はい?」


「千晶さんがいてくれると安心です。どうぞ宜しくお願いします。」


おい、それってなんだか俺だけじゃ頼りないって言ってるようなもんじゃないか?


実際そうだけど…。


「私の方こそ、みなさんの大切な思い出に入り込ませて貰って嬉しいです。出来る限りの事をしてきますね。」


きっとそう言う千晶さんを見つめる今の俺の顔はだらしなく緩んでいるだろう。


けれど、無理やりにでも引き締めると言った。


「じゃあ、行ってくる。」


俺と千晶さんは約束している場所へと向かった。













< 76 / 110 >

この作品をシェア

pagetop