笑わぬ黒猫と笑うおやじ
私は初対面の人と話すのが苦手な人見知りなので、なんと返していいか分からず、いえ…としか言えなかった。
きっと気分を悪くしただろう、なんて不安になったが、
「あ、ごめん、自己紹介まだだったね。おじさんは、ここの店主の息子、塩谷和春(えんや かずはる)って言うんだ、宜しくね~」
男の人、塩谷さんは微塵も気にした素振りも見せず、へらりへらりと笑いながらあいた扉の中へと私を通してくれた。
と言うか、何故塩谷さんが此処に?
「あの……」
「あ、そうだ、これも言い忘れてた」
塩谷さんは、私の言葉を遮り、ぽん、と手を叩いた。
古本の匂いが鼻腔を擽る中、私は塩谷さんの言葉を待ちながら後ろをついていく。
とん、の足を止めたさきは、いつも休憩時間に寛ぐ、お爺さんの部屋だった。
引き戸に手をかけ、がらり、と開かれた戸の先で見えたのは……
「親父、今日の朝方に亡くなったんだ」
白い布を顔に当てられた、お爺さんの姿だった。