あなたから、kiss
目的地まで、当たり障りのない会話をしながら…電車に揺られた。
彼は、私が覚えてると言ったあの時のことには――…、もう、一切触れてはこない。
忘れてたことにした方が…、良かったのかもしれない。
余計な詮索をされるのを嫌だと言っていたから。
それから、私達は…。
吉祥寺にある、北欧雑貨店へと…足を運んだ。
店に入った途端に訪れるのは…、
異国の家庭に足を踏み入れたような…感覚。
木の優しい馨りに包まれた…不思議な空間。
「花さん、お待ちしておりました。」
顔馴染みの女性店長さんが…、私を迎えてくれた。
「アラ…?こちらの方は……、花さんの恋人ですか?」
上品な瞳が…、雨宮くんの姿を捉える。
「……いえ!違います!今日は仕事で来てますので…。」
「初めまして。花さんの勤める会社でアルバイトしている雨宮と申します。」
彼は、礼儀正しく…ペコリと頭を下げた。
「彼はまだ大学生で…、勉強のため、同行させていただきました。」
口が裂けても。サポート役だなんて…言えない。
「学生さん?……そう。落ち着いてらっしゃるし、花さんの雰囲気にピッタリだから、てっきり…。」
「だと、いいんですけど。」
ん?
雨宮くんの発言に、思わず彼の横顔を見るけれど。
しれっとした顔していて…その真意は読み取れない。
「じゃあ、早速ですけど…こちらへどうぞ。」
店の奥に案内されて。
アンティーク調のソファーに…腰を下ろす。
角のない、丸いフォルム。
座り心地最高の…北欧家具だ。
二十歳ソコソコの時、偶然見つけた…このお店。
かてこれ、10年近く通っているけれど…。当初の雰囲気と変わらぬまま。
私の…癒しの空間になっている。
当時は少々値が張って買えずにいたものも…
たまりに貯まった貯金で。今ではちょくちょく…自分へのご褒美を買うまでになっていた。
持参したゲラを広げて、校正へと…入る。
私と店長さんのやり取りを、雨宮くんはただじっと…見ていた。
朱字の入らないキレイな原稿。
……が、
「この写真、木目の質感が…若干違います。少し黄色がかってませんか。」
途端に、雨宮くんはが…口を挟む。
「雨宮くん。これは本紙校正じゃないから…若干色味は…変わるもんなの。」
「店に入ってすぐのテーブルですよね、これ。俺がさっき受けた印象と…ちょっと違います。それに…、ほら。ライターの記事を読んだイメージと写真が伴ってなければ、折角の魅力が半減してしまいませんか?」
「………。……そうねー…。言われてみると…。」
店長さんは、写真をまじまじと見つめて。
「修正かけていただけますか?」
ふわり、と…笑った。
「もちろんです。」
店長さんは、ふふっと笑って…。
「熱心ね。」って…、雨宮くんを称賛した。