モン・トレゾール

トクントクンと遼の鼓動が聞こえる。


「……これだと、しっかりとメイクしてきたのも台無しね」


「オイ、このシャツの方が台無しだろ」


そう言われて体を離すと、遼のシャツには私の涙で落ちたマスカラがくっきりとその跡をつけていた。


ここまで言うくらいなんだから、きっと高かったのね。


「そのくらい、私が買ってあげるわよ」


「じゃあ、これからもっと稼いで貰わないとな――アレで」


抱き締められて、しっかり見えてなくても分かる。


遼が顎の先で示したのはピアノよね?


「……遼? 私きちんと治療する、治療するから……それまで……側に居てくれない?」


「”側に居て”じゃなくて、”居てくれない?”なんだ」


――だって、そんないきなり素直になれないじゃない。


「ダメなの?」


私達はいつもこう。
どちらかが譲ればいいのに、どちらも譲らない。


だから、口喧嘩にばっかりなってしまうんだけど。


「――いいよ、ずっとオマエのお守でもなんでもしてやるよ」


こうして最後には遼が折れてくれるから、私は安心して我儘が出来るのね。
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