モン・トレゾール
周りは小さな頃から私に過剰な期待を抱いていた。
子供なのに絶対音感があると分かると三歳の頃からピアノを習わされて、物心つく頃には簡単な曲の暗譜も完璧に出来るようになった。
元ピアニストの娘だからって、周りの期待は大きかったんだと思う。
最初は褒めて貰えるのが嬉しくて、毎日触ってたのに。
そんな大人の期待が重くなって、大好きだったピアノがどんどん嫌いになっていった。
でも――練習の時、ママはほとんど笑ってくれなかったけど。褒めてくれる時はちゃんと私の目線の高さまで屈んでくれて、いつもより優しく抱き締めてくれてたっけ。
「梨花は、耳の病気なんだ」
曲も終盤に差し掛かろうとする頃、戸田さんは静かに口を開いた。
「……び、病気って?」
――なんでだろう
病気っていう言葉を聞いただけで、ドクンと心臓が大きく脈を打った。
「難聴なんだ。もう右の耳はほとんど聴こえてない」
「……え? じゃあ、今も……」
「ああ。多分、僅かに聴こえる左耳から音を拾って弾いてるんだ」