モン・トレゾール
ベランダからでもかけているのだろう。電話の向こうがざわついて聞こえる。
左手で掴んだグラスを僅かに傾けると、トロリと濃厚な液体が丸く円を描いた。
「――分かってねぇよ」
途切れた会話をまた拾い上げるように、俺はそう答えた。
この先どうなるかなんて、自分にだって分からない。
アイツが戻ったところで、俺達の仲が壊れていくとか。正直もうそういう不安は、とうの昔に無くなっていた。
いや、麻痺してしまっていたという方が正しいのかもしれない。
俺はずっと本気で女と向き合ってきたことがなかったから、彼女を失うかもしれないという怖さから今も目を背けているだけなのかもしれない。
『……彼女、あの時のことまだ思い出せてないんだろ?』
「思い出してたら、こうして一緒に居ないかもな」
『なんだよ、おまえ。随分弱気だな』
――弱気、か
「そうかもな」
こんな情けない姿を見せられるのは、多分今はこいつの前だけだ。