モン・トレゾール
今日はコンディションもいいし、体調だって悪くもない。
最後まで聴かせられるピアノを弾ける自信だってある。
――だけど、一度くらい遼に甘えてみたかった。
素直になれない私が最後に彼に残したあんな約束。
絶対忘れてると思ってたのに。
でも、演奏する以上はしっかり聴かせて貰うわよ。
「あの子、アナタなんかと付き合って可哀想ね」
もう、こんな皮肉を言うことにも慣れてしまった。
ピアノなんて無かったら、音楽なんてやってなかったら。
私は、この人とも上手くいってたのかもしれない。
夢を追いかける私と、夢を見切ったこの人とだと何もかも合うはずがなかったのよ。
テーブルの上にあるグラスに入った水を手に取ると、ゴクリと飲み干した。
考えてみたら、また遼とこんな風に話せるとは思ってもみなかった。