キスにスパイスを、キスをスパイスに
よし!温泉に行こう!
――

―――ガラガラ


「うっわー、すごい」


扉を開けると、2人で過ごすには広すぎるんじゃないかと思うほどの和室が広がっていた。


「分かったから、少し落ち着こうか。……奈々、とりあえず荷物はここに置くからな」

「はーい。荷物持ってくれてありがとう」


久しぶりに彼氏である洋輔さんと2人揃って連休が取れたから、今日から1泊2日で温泉宿に旅行に来た。


ギリギリに予約したからなかなかお手頃なところは空いていなくて、予定よりも少しお高いところになってしまった。けれど、やっぱりお高いだけはある。雰囲気から落ち着きがあって……良い。一瞬で気に入った。


「持つのは気にしなくていいけど、何泊する気?1泊にしては重すぎる」


洋輔さんは足元に置いたばかりの荷物を、不思議そうに眺めている。私に言わせたら、あれでも妥協したつもりなのに。そういうのは、男の人には伝わらないか。


「……全部必要なものなの。ねー、この部屋お風呂も付いてるんだよね?」

「しかも半露天」


……やった、部屋に温泉が付いているなんて、すごく豪華。先程からその温泉の存在が気になって仕方がない。


「そんなに気になるなら、見ておいで。なんなら、ご飯の前に入るか?」


私がソワソワとしていることに洋輔さんが気づいたらしく、クスクスと笑われてしまった。


ご飯前に……どうしようかな。化粧落とすと大変だから、浸かるだけならいいかもしれない。


「洋輔さんは?」


私だけ入るのもつまらないしと思い、彼にも尋ねた。


「俺は入るつもりだけど、一緒に入るか?」

「……うん、私も少しだけ入る」


“一緒に”という所を強調されたけれど、今更照れるのが恥ずかしくて、何でもない振り。快諾したのはいいものの、一緒にお風呂は未だに慣れない。嫌なわけではないけれど、恥ずかしいから。普段だったら断るけれど、今日はいつもと違うし……頑張ってみようかな。


「……」


私の返事に無言のままの洋輔さんを不思議に思ったけれど、顔をしっかり見るのは照れくさくて、気づかない振りをして、お風呂の準備を始めた。


また後からちゃんと入るから、とりあえずボディソープだけを用意すればいいよね。私の荷物が多かった理由がここにある。ボディソープなんてこういう旅館には置いてあるけれど、私はそれを使いたくないと思った。


だって、いくら高級品だったとしてもどんな成分が入っているか分からないでしょ?だったら、信頼している愛用品を使ったほうが安心。そう思って準備していたら、こんな大荷物になってしまった。基礎化粧品類は現品だけど、他は旅行用にサンプルもわざわざ購入した。


荷物を準備したところで、バックの脇に置いてあるものが目に付いた。


いけない、忘れるところだった。……そうそう、浴衣、浴衣。ここの旅館は色浴衣の貸し出しがあって、女性者は種類が豊富なところが売りらしい。チェックインの時に、洋輔さんに選んでもらったんだった。


お風呂から上がったら、これを着よう。そうしたら、もっと雰囲気が出そう。せっかく旅行に来たんだし、非日常を楽しまなくては。


浴衣を抱えて、私の後ろにいるはずの洋輔さんの方を振り向くと、なぜだか難しい顔をして停止していた。


「……洋輔さん?」


どうしたんだろう?そう思い、首を傾げながら彼に声を掛けた。
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