堕ちてくる
いつもなら無視する。けれど、今日のチャイムはいつまでも鳴らされ続けた。仕方なく、玄関に向った。
出来る事なら出たくない。近所のおばさん連中は、わかっていながら、色々と聞いてくる。そんな煩わしさからは逃れたかった。
覗き窓から確認する。
―――誰だ?
そう感じた時には、心を奪われていた。長い髪に、柔らかそうな唇。わずかな興奮が、扉を開けさせた。
「やっぱりいた。」
その笑顔は彼にとって、刺激が強すぎた。鼓動が勝手に早くなる。
「あ、私ね、今度第一中学で働くことになった・・・。」
第一中学は、彼が通っていた学校の名だ。この名前を聞いた途端、彼は突然扉を閉め、怒鳴り散らした。
「帰れよ。もう、お前らなんか信じない。とにかく帰れ。」
「違うの。扉を開けて。少しでいいから、私の話を聞いて。」
「何が違うって言うんだよ。お前らが何かしてくれたか?何もしてくれない。僕を傷つけただけだ。そんなお前らなんかと話す気なんてないんだよ。帰れ。」
興奮し、言葉はますます激しさを増した。
「そんな事言わないでお願い。」
今まで聞いた事のない悲しげな声に、彼はもう一度、扉の外を覗いた。目に涙を浮かべながら、こちらを見ている姿が気持ちを柔らかくした。思わずドアのノブに手がかかる。ノブの冷たさが、彼を我に返らせた。
「帰れっ。」
そのまま自分の部屋に逃げていった。

「なんなんだ。あいつ。」
憤慨しつつも、何か解せない自分がいた。まるで、大切にしていたおもちゃを自分で壊してしまったような、とりかえしのつかない気持ち。その気持ちを整理しようと、窓から空を眺めようとした。空を見ようとしたはずなのに、何故か視線は下を向いていた。
さっきの彼女だ。
気がつけば、目で追っていた。彼女は肩を落としていた。それを見て、彼は後悔した。
―――話だけでも聞けば良かったかな・・・。
そして、かすかな期待をしていた。彼女が、明日も来てくれる事を。
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