社長に求愛されました



悲しみの海にどこまでも沈んでいきそうだったちえりを止めたのは、洋子の声だった。

ドアを閉めているため内容までは聞き取れないが、明るい声が聞こえてくる。
馴染みの客でもきて話し込んでいるのだろうかと思いながら、ちえりが流したままの涙を拭っていると。

「ちえりちゃーん、ちょっとー!」

と、今度ははっきりとした声が聞こえてきた。
さきほどよりも大きな声は、明らかに自分を呼ぶためのものだと分かり、ちえりが慌てて立ち上がる。

急に混んだとかそういう事だろうか。それとも何かを持ってきて欲しいだとかだろうか。
色んな可能性が頭に浮かんだが、建物内の通路を抜けて急いで店頭まで行ったちえりが直面したのは、そのどの可能性とも違うものだった。

さっきまで暗闇だった世界が、真っ白になって……やっぱり何も見えなくなる。





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