社長に求愛されました


「ちえりちゃん? どうしたの、そんなに驚いて。バイト先の社長さんなんでしょ?」

不思議そうにちえりを見る洋子の表情は少し嬉しそうで、どうやら篤紀の整った顔立ちに浮かれているようだった。

いくら肩で呼吸をしていようが、いつも以上にスーツを着崩していようが、それさえも魅力に感じてしまうほどに篤紀の外見には惹きつけられるものがある。
それを分かっているからこそ、ちえりも洋子の赤みの差した頬には言及しなかった。
というよりも、今はそれどころではなかった。

ここに現れるはずのない、もう一生会わないと決めた篤紀が、今目の前にいるのだから。

見つめあったまま、しばらく沈黙の時間が流れた。
ちえりからすればただただ驚いてしまって何も言えなかったし、篤紀からすれば色々言いたい事はあったのだがここでする話でもないと思い、とりあえず所在が確認できたちえりにホっとしていたのだが。

ちえりから不意に視線を逸らした篤紀が、洋子を見る。

「お休みのところ申し訳ないんですが、ちえりさんをお借りしても大丈夫でしょうか」
「ええ、もちろんです!」
「すみません。せっかく久しぶりの家族団らんのところを」
「いえ、いいんですよ。さっき、一通り小言は言わせてもらいましたから」





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