社長に求愛されました
そんな忙しい最中、新しい社員を雇うという話ならいざ知らず、まさかの異動命令となれば、ちえりも冗談としかとれないに決まっている。
大体にしてアルバイトの身だし、その上、異動先がないのだからありえない。
「はいはい、異動ですね。分かりました。異動しておきます」
適当に流して席に戻ろうとしたちえりを、篤紀が、おいと止める。
「なんなんですか、もう! 異動って言ったって異動先がないでしょって言ってるんです!」
もう勘弁してよとげんなりとした様子で振り返ったちえりを、篤紀はしかめっ面で「そんなわけねぇだろ」と否定する。
意味のない会話に、イライラを募らせて篤紀以上のシワを眉間に寄せているちえり。
そんなちえりに、篤紀がさっきから何度となく言っている言葉を再度告げる。
「高瀬ちえり、おまえ、そのうちいつかプリンスホテル・Kに異動」
「本当に異動の話だとしたら、まず時期をハッキリさせてから言うべきですし……それに単純な疑問なんですが、会計事務所にバイトとして勤めている私がなんでホテルに異動なんでしょうか。
社長、暇つぶしに私を使うのはやめてくださいってもうずっと言って――」
やれやれといった態度でそこまで言ったちえりだったが……ハっとして黙り込む。