社長に求愛されました


会計事務所に勤めている人間が、急になんの関係もないホテルに異動なんてちゃんちゃらおかしい。
普通ならそうだ。
だけど、ちえりには、というよりも黒崎会計事務所には、ホテルと無関係とは言い切れない事情があった。

それは……。

「俺がそのうち時期見てホテルに異動する事になったから、おまえも連れていくことにした。
だから、異動な」

にっと笑みを浮かべて言う篤紀を、ちえりはただ呆然としたまま見つめていた。


黒崎篤紀の外見は、甘い顔立ちのアイドルというよりは、整った顔立ちのモデルの方が近い。近いというより、実際それを職業にしても十分やっていける程のレベルだ。

社会人の男としては長めの黒髪は、目にかかるかかからないかのところで揺れていて、耳も半分隠れているし、襟足も長めだ。
面倒なのか、特に整髪料は使っていないらしくたまに寝癖までつけて出社してくる始末。

性格は、二十八歳にしては子どもっぽく短気だ。あまり自分の事には関心がなく、自分の事以外でも興味がない事はとことん面倒くさがる。
付き合いの飲み会などがいい例だ。

これと言った趣味はないが、たまに思いつきでキッチンに立ち手の込んだ料理を作ったりして、ちえりにほら作ってきてやったからと横柄な態度で食べさせ始めたのは半年以上前の事。


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