蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~

今日は、藍の、十八歳の誕生日なのだ。


「なるべく早く帰って来るよ。誕生日だろう? 一緒にお祝いしよう。たぶん、七時くらいには帰れるから、ごちそうをヨロシク!」


そう言って仕事に出掛けた拓郎だが、まさかケーキまで手作りしているなんて、思っていなかった。 


一緒に暮らし始めた当初、まだバリバリに『家出娘と、部屋主』な関係だったとき、一番最初に拓郎が驚いたのは、藍の家事能力が抜群だったことだ。


掃除洗濯は勿論のこと、特に料理の腕は特筆もので、煮物、焼き物、果ては蒸し物まで、殆どプロの味に近いものがあった。


今時の十七歳で、こんなに完璧に家事がこなせるものだろうか? よほど躾に熱心な家庭に育ったのかと感心するばかりだった。


「お母さんに教わったのかい?」


一度、何気なしにそう訪ねると、藍はちょっとはにかんだように笑っただけで、詳しく語ろうとはしなかった。


藍は、自分の家族については殆ど語らなかった。


名前と年齢、そして誕生日。


藍が、拓郎に自分の事を語ったのは、それだけだ。


家族の事はおろか友達のことすら、何一つ語ろうとしない。


頑ななまでの藍の態度に、ただの家出では無い事を薄々感じた。


何か他人には話せない複雑な事情があるのかも知れない――。

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