蒼いラビリンス~眠り姫に優しいキスを~
だが、拓郎の願いも虚しく、目の前に現れたのは正反対の人物だった。
部屋に入ってきたのは、白衣姿のメガネを掛けた四十がらみの見るからに『研究者』然とした男で、ゆっくりと拓郎に歩み寄ると、
「お待たせしました。この研究所の所長をしています、柏木です」と、軽く頭を下げた。
慌てて、拓郎が立ち上がりかけるのを片手で制して、柏木は落ち着いた物腰で向かい側のソファーに腰掛けると、銀縁メガネの奥の視線を真っ直ぐ拓郎に向けて来た。
その表情からは、何の感情も読みとる事は出来ない。
「初めまして。月刊ネイチャー・プラスの、芝崎です。お忙しい中、突然伺って申し訳有りません」
拓郎は、ここぞとばかりに、いつものごとく愛想良く笑顔を浮かべる。
が、柏木はニコリともせずに、
「雑誌の取材だそうですが、どのような内容なのでしょうか?」
と、至極冷静な声音で質問をしてくる。
――まずい。
と思ったのが、まずかった。
付け焼き刃で詰め込んできた研究所の『研究』について情報が、一気に何処かへ飛んでいってしまった。
脳内漂白。
何も思い出せない。
「ええ……と」
拓郎は、思わず口ごもった。