キスしたくなる唇
 懐かしい……。

 本棚から1冊抜いたのは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」。

 実はこの本はわたしがあげたもの。

 中学の夏休み、課題図書100選のプリントを読んでいた怜央に「この本ならあるよ」と言ってあげた。

 ずっと持ってくれていたなんて……。

 ましてやここは実家ではない。

 持っていてくれた嬉しさで顔がにやけてしまいそうだ。

 それを隠したくて「意外と難しい本があるんだね。マンガばかりだと思ってた」と言うと、怜央は写真に撮りたいくらいの憂いのある笑みを浮かべた。

「千秋さん、俺はもうあの頃の俺じゃないから」

 怜央にしてみれば特に意味のない言葉だったのだろうけれど、わたしを困惑させるには十分な言葉だった。

 わたしが好きなカフェオレを持って来てくれた怜央はソファに腰を掛ける。

 
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