キスしたくなる唇
妄想を働かせてしまったわたしは怜央の目が見られなくなる。

「千秋さん、どうしたの? なんか変じゃない?」

「そ、そんなことないよ。怜央こそ、大丈夫なの? こんなに目立つところにいて」

「それよりなにしてるのって聞いたんだけど?」

 怜央はわたしが小脇に抱えていたフリップを持ち上げた。

「あっ! 怜央っ!」

 すでに遅し。

 怜央は涼しげな瞳で男性の唇フリップを見ている。

「仕事のアンケートなの。どんな唇が好きかって言う」

「ふ~ん。俺も答えようか?」

「怜央も20代か。うん。お願い」

 女性のフリップを出して見せる。

 怜央は一通り目を通している。

 女性が羨ましくなるほど長いまつ毛。

「8番がいいな。千秋さんの唇に似ているね」

「そうかな」

 平静を装うものの、わたしの唇に似た唇が怜央の好み?

 寒空の下、凍るように冷たかった頬が火照ってくる。

『あれ、モデルの怜央じゃない?』

そこへわたしたちの耳にそんな声が聞こえてきた。
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