LAST SMILE ~声を聞かせてよ~
「少し出てくるわね」
そう言って桐生さんが立ち上がったのは、
4曲目辺りに差し掛かった頃だった。
ふわっと煙草の匂いが鼻を掠める。
俺は顔を上げずに軽く返事をした。
桐生さんが出て行くと、
俺は緊張の糸が切れたかのようにぱっと顔をあげた。
「んぁー。疲れたー!!」
大きく伸びをして反り返ると、
棚の奥のほうに別なCDを見つけた。
あれ?なんだ?
ここにもCD……。
「なんのCDだ?」
少し埃の被ったそのCDには何も書かれてなくて、
俺は埃を手ではらってまじまじとそれを見つめる。
俺の知らないアーティストのCDかな?
ていうか、
桐生さんって実のところはどういう人なんだろう……。
俺が知っているのはほんの少し。
人伝に聞いた噂の中の桐生さんでしかない。
あれ?
下の名前なんて言うんだっけ?
うーんと考えていると、途端に扉が開いた。
「神崎医師?どうしたの?」
「う……わあ!!!」
「どうしたの?そんなに慌てて」
「や、なんでもないっス」
なんでか分かんないけど、
俺は咄嗟に手に取ったCDを後ろ手に隠した。
桐生さんはそれに気づかずににっこりと笑った。
「仕事、終ったんですね?」
「えっ?あ、はい。一応……」
慌てて返事をして、俺は桐生さんに資料を返した。
桐生さんは俺の横に来ると、
資料とパソコン画面を照らし合わせて、最終確認をしていた。
さっき出て行く前に、ほのかに鼻を掠めた
煙草の匂いが、その香りを増していた。
やっぱ喫煙者?
「神崎医師?」
「は、はひっ!?」
やべぇ。
俺の馬鹿。
なんで声裏返ってんだよ。
桐生さんは声を出して笑った。
「あはは。どうしたの?
今日の仕事はこれでおしまいです。
黒川くんに会ってくるのはどうですか?」
「えっ?」
「私はここでまだ仕事が残ってるので、
二人でお話ししてみるのもいいと思います。
執刀患者ですからね」
宗佑と?
桐生さんはにっこり笑うと、
再びデスクに戻って作業を始めた。
宗佑か……。
あれから毎日行ってるけど、
懐かないんだよなぁ。
目上の人間だぞ。俺は。