ロスト・クロニクル~前編~

 寮の内装との違いに圧倒されそうになってしまうが、エイルはリデルが利用している部屋の内装を見学に来たわけではない。

 本当はリデルの顔を見て話した方がいいが、何故か彼女の顔を見ることができない。

 反射的に、リデルから視線を逸らす。

 その行為が大変失礼だとわかっているが、何故から今彼女の顔を見られなかった。

「僕は、本当に帰るべきなのかな? 慕ってくれることは嬉しいんだけど、僕という存在は……」

「そんなことは……」

「考えた。どちらを選択することが、正しいのかと。リデルの話を聞いて、故郷の状況もわかったし」

「無理にとは申しません。ただ、帰ってきてほしいと望んでいる人がいることをお忘れなく」

 そのことを言われると、エイルは弱かったりする。

 それが最大の弱点というべきだろう、肩を竦めエイルは頭を掻く。

 長い年月が経過しても、相手を思う心は変わっていないようだ。

「嫌と仰るのでしたら、無理に連れて帰るわけにはいきません。エイル君の意思は、尊重します」

「そのようなことはないよ。結論は、はじめから決まっていたのかもしれない。ただ、居心地がいい。それだけ、この生活を楽しんでいた。だけど、僕は父さんの命令に従い故郷に帰ろうと思う。リデルが迎えに来たということもあったけど、このまま逃げているのも卑怯だと思って。こういうのって、男らしくないしね。それに、一族の名前は捨てられない。でもメルダースにいると、自分の立場が忘れられて楽なんだよ。友人も、多いから……」

「では?」

「ただ、今ではない。もう少し、待っていてほしいな。必ず、帰るから。その時は、いつになるか……しかし、父さんの顔に泥は濡れない。僕は、バゼラードの名前を持つ者だから」

「わかりました」

 そうエイルに返事を返すとリデルは両足を揃え利き手を胸元に当てると、エイルに向かい深々と頭を垂れる。

 その畏まった姿にエイルは頭を振り楽にしていいと告げるが、リデルが聞き入れることはない。

 そもそも一介の学生に、このような態度を見せる必要などなかった。

 本当のエイルを知っているので、無礼な態度を取ることはできなかった。

 たとえどのような場所にいようとも、彼が彼だということは代わらない。

 だからこそ、リデルは敢えて相手を敬う行動を取った。

 だが、そのことがエイルの心をきつく締め上げているのは、知らない。


< 126 / 607 >

この作品をシェア

pagetop