ロスト・クロニクル~前編~

「なら、これは何かな?」

「日焼けだよ。うん、俺の故郷は日差しが強いから。人間の肌のように、こんがりと焼けたんだ」

「へえー、日焼けでこんな色に」

 エイルが言う「こんな色」というのは、どどめ色のことを示す。

 何と美しいマルガリータの花弁が、どどめ色に変化していたのだ。

 ラルフが実家に帰る時に見たあの光景は、どうやら間違いではなかった。

「ハリス爺ちゃんが何て言うかな」

「爺さんには、内緒にしておいてほしいね」

「ハリス爺ちゃんは、植物に関しては厳しいし。そんな爺ちゃんが育てていた山百合を、どどめ色に染めてしまうなんて……お前は何て、馬鹿なことをしたのか」

 ハリスが、どどめ色に染まった山百合を見たら、どんな反応をするのか。

 それは想像の範囲を超えるものなので、想像を拒絶する二人。

 きっと、とんでもない出来事が待っている。

「元には戻せないのか?」

「マルガリータちゃんは、進化をしているんだよ」

「うん? 進化ということは、これ以上おかしく成長するということなのか?」

「そうなるね」

 満面の笑みを浮かべながら話すラルフに怒りを覚えたエイルは、マルガリータが植わった鉢植えを抱えると無言のまま窓の近くに向かう。

 そして観音開きの窓を開くと、其処から投げ落とそうとする。

「うわ! な、何をするんだ」

「マルガリータを捨てるに決まっているだろ」

「そ、そんな」

「こんな植物は、地上から抹殺しなければいけない」

 振り返ったエイルの目は、本気だった。

 少しでも止めるのが遅かったら、マルガリータは確実に地面に叩きつけられていた。

 そして、無残なまでの姿を晒すことになっていただろう。

「ハリス爺さんが怒るぞ。植物は大切に」

「お前が言うことか! 山百合をこんな姿にしやがって」

「不可抗力だよ」

「違う! 明らかにお前が悪い」

 このような現象を「不可抗力」で片付けるラルフは、ある意味で凄い。

 エイルが言うように、人為的な何かが加わらなければ短期間での進化はあり得ない。

 それに、ラルフはマッドな研究者。

 マルガリータの進化にラルフが関係していることは、火を見るより明らかだ。


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