ロスト・クロニクル~前編~

「頑張ってください」

「僕達は応援しています」

「準備の方は、お任せください」

 はじめから選択肢がない言い方をする周囲に、男は渋々了承をする。

 次の瞬間、大きな拍手が送られた。

 会長という名ばかりの職業に就く男は、自分の身に降り懸かった不幸を呪うしかない。

「えーっと、でもな」

「会長、お忘れですか。この〈魔導研究会〉の尊い使命を」

「勿論、魔導師に対抗する方法を考える」

「その通りです。ですから、会長の尊い犠牲を……いえ、悪い意味ではありません。これも、素晴らしい未来の為です」

 さらりと言われた言葉に「犠牲があってはいけない」と突っ込みを入れようとするも、違う人物の言葉によって遮られる。

 つまり、最初から拒否権は認められないのだ。

 虚しく響く会長の声音。

 そして、項垂れた。

「さあ、今こそ研究の成果を見せる時です。これにより、我々の名前が一躍有名になりますよ」

「打倒、魔導師! ターゲットはエイル・バゼラード。彼ほどの使い手を打ち破ったら、魔導研究会の名が有名に」

 その言葉に一致団結した者達のやる気ある声が響くが、一人だけ乗り気でない人物がいた。

 それは会長と呼ばれた男で、彼は勝手に決められた計画に頭を抱えると、無事に物事が進むよう祈るしかなかった。


◇◆◇◆◇◆


 夏休みが終わって二週間が経過したある日、エイルはとんでもない物を目撃した。

 それが置かれているのは、ラルフが使用している部屋の中。

 そしてその対象となる物は、山百合のマルガリータであった。

「僕は、幻を見ているのかな」

「いんや、現実だよ」

「ふーん、ならこれは何かな?」

「正真正銘のマルガリータちゃん」

 事のはじまりは、こんなたわいの無い会話からはじまった。

 エイルは机の上に置かれたマルガリータの花弁に触れつつ、更に言葉を続けていく。

 だが、いつもの厳しい声音ではない。

 その変化にラルフも気付いていたが、冷静な態度を取り続けマルガリータについて熱く語っていく。


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