ロスト・クロニクル~前編~
勿論、重圧はある。
絶対に、落ちてはいけない。
そして、名に恥じない生き方をしろ。
その過度の期待に、エイルは何度も溜息をつく。だが、その考えによって物事がいい方向へ動くわけではない。
溜息と同時にエイルは寝台から下りると、着替えをすることにした。部屋の隅に無造作に置いてあるカバンを開くと、適当に中身を引っ張り出していく。カバンの中に入れられているのは、メルダース在学の中に格安で購入した服。その為か全体的に作りが荒く綻びがあったが、構わず着替えた。
(繕わないと……)
しかし、それは今ではない。今日は、親衛隊の試験日。そもそも、そのような暇などなかった。
ふと、部屋の扉が叩かれた。その叩かれた音にエイルは、扉の先にいる人物に言葉を投げ掛ける。すると、聞き覚えのある声音が返って来た。そう、この声音の持ち主はマナである。
「いいよ。入って来て」
「失礼します」
「朝、早いね」
「住み込みで、働いていますので」
「ああ、そうだったね。で、何の用?」
「朝食の支度が、できています。エイル様が起きてこられないので、旦那様が心配しています」
その言葉に、エイルは反射的に聞き返してしまう。一体、どれくらい寝ていたというのか――メルダースでいつも起床している時刻に起きたつもりだが、どうやらまだ疲れが残っていたらしい。それだというのに昨夜徹夜をしていたので、かなり遅い起床になってしまった。
「……怒られる」
「エイル様?」
「えーっと、部屋を片付けておいて」
「はい」
「それと……いや、後で言う」
そのように言い残すとエイルは慌てて部屋から飛び出し、急いで家族が朝食を取っている部屋へ急ぐ。普段のエイルであったら周囲に注意を払っているのだが、今回は違う。思いっきり廊下で躓くと、無様な姿で倒れてしまう。廊下に響く、エイルの悲鳴。それを聞いたマナは駆け足でエイルの側へ向かうと、怪我をしていないかどうか震えた声音で尋ねた。