ロスト・クロニクル~前編~

「でも、本当に……」

「エイル様?」

「何と言うか、面白いね。マナみたいな女の子って、メルダースにいないから。故郷に帰ってきて、良かったと思う」

 兄に代わって、親衛隊の試験を受ける為に帰郷した。別にそれ以外の理由はなく、もしこの理由がなかったら卒業まで帰っては来なかった。それだけ、メルダースの方が居心地がいい。

 しかし「マナ」というメイドと出会い、心境に変化が生まれてくる。

 彼女と一緒にいると楽しい。

 話していると面白い。

 だからこそ、ついつい構ってしまう。

 そのことを笑いながら言うエイルに対し、マナは頬を微かに紅潮させる。そして俯き、エイルの言葉を聞く。

「お礼、受け取ってくれる?」

「私は、何も……」

「大分、世話になったよ。だから、そのお礼。以前の本とは別に、個人的にお礼がしたいだけ」

「はい」

 異性から何度も、贈り物を貰う。今まで体験したことのない出来事の連続に、マナは返事を返すので精一杯であった。そして先程以上に顔は紅潮し、トマトのように真っ赤に染まる。それを見たエイルは、またジャガイモを喉に詰まらせてしまったのかと勘違いし、マナの身体を揺らす。

「い、痛いです」

「ぶ、無事か」

「平気です」

「なら、いいけど」

 どうも先程の影響で、エイルは過度にマナの身体を心配するようになってしまった。マナにとってそれは嬉しいと思う反面、複雑な心境を抱かせるものでもあった。しかしそれは、恐れ多いので口には出せない。ただ微笑を浮かべ、心配しなくていいということを伝えた。

「その……もっと、食べていいでしょうか」

「勿論。遠慮はしないように」

 そう言いつつエイルはジャガイモを手に取ると、その表面にバターを塗っていく。そしてマナの目の前に差し出すと、大きい口を開けて食べるように言う。それに従うようにマナは口を開くと、ジャガイモの半分以上を口の中に入れ味わう。二人は完全に、バターを塗ったジャガイモの虜となっていた。
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