不機嫌でかつスイートなカラダ ベリーズ文庫版
それが最後の言葉。

私に背を向けた卓巳君は、それから一度も振り返らずに、マンションの中へと戻っていった。


簡単に始まった私達の恋は、終わりも簡単だった。拍子抜けするぐらいあっけないものだった。


卓巳君、卓巳君……。

追いかけてすがって、泣きつきたいのに、足が動かない。

卓巳君にとって私はなんだった?

今まで、そしてこれからもたくさん出会う女の子の中のひとりにすぎないのかな。

私の顔も名前も、一緒に過ごした日々も、すぐに忘れちゃうのかな。

だけど、いつかふいに思い出してほしい。

名前も忘れた女であっても、あんな子もいたな……って。私の肌の感触や香りや声が、卓巳君の記憶の片隅にでも残っていたらいいのに。


覚悟を決めて、コートのポケットに手を入れ、歩きだす。

指先が触れたのは、来る時に商店街でもらったアポロチョコの箱。それをギュッと握りしめた。


卓巳君との日々は、アポロチョコみたいに甘くなくて、もっとずっとほろ苦いビターテイスト。

きっと思い返すたびに胸の奥に広がるのは、痛くて切ない味。


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