演劇部の記憶
「先輩も知っているように、こっちの高校に僕が行けなくなったとき、当時の担任先生が何度も家に来てくれた。最初のころただ僕の話しを聞くためだけにです。そのうちに、『家にこもっていないで、外に出なさい』と。それを嫌がる僕に、『しっかりしろ。ずっと家の中にいるだけってのは親への甘えだ』そう言われたんですね。僕はその言葉だけで大阪に行っちゃった。おばさんしか知り合いがいなくて、本当にさびしかったけど、また演劇始めることができて本当に楽しかった。先輩がいなかったら、演劇を再開できなかった。
 だからこそ……っていうのかな。実は僕高校で一年留年しているんです。だから先輩と本当は同い年。「師の恩を弟子に返す」じゃないけど、僕が立ち直れたきっかけを作ってくれた先輩に同じことをしないといけない気がする……っていうのかな」
 わたしはその言葉を聞き、涙が出てきた。今も大学の授業料は親が払ってくれている。その授業に出ないのは自身に甘えているからなのだろうか。それだけじゃない……。親、弘、高校時代通い詰めた喫茶「宮沢」のマスター、つまりは弘のおばさん、高校の野球部の顧問。何かいろんなものに対しての涙だった。
「今から除夜の鐘、聞きにいきませんか」弘が言った。
「いいよ」
 わたしは何ヶ月ぶりかのお出かけの準備を始めた。外に出る一抹の不安はあったけど、弘と一緒なら何か大丈夫な気がした。
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