【完】籠球ロマンティック
うちに帰り着いた律子は、誰もいない静かな空間を、感覚の無い足でふら、ふらと歩いた。
もう、『要らないもの』を削いで処分することしか頭に無い律子は、鞄を、コートを、ブレザーを、シャツを、インナーのヒートテックを脱ぎ捨てる。
冬の肌寒いのさえ、今の律子には気にならなかった。鳥肌が立つ感覚にさえ、悦楽を覚えた。
そして、台所から取り出したのは、母が料理に使う、家庭用より大きな包丁。
料理に凝った母が、数種類も集めた包丁の中でも、一番鋭く手入れが施されたそれ。
ブラジャーのホックを取って落とし、彼女の上半身は纏うものを失う。
律子は、長年悩んでいた『要らないもの』をこれから処分出来ることに、言い様もない幸福感に包まれていた。
ぐ、と鋭利な包丁を、右胸の外側側面に宛がう。
整備された包丁は、律子の白く柔らかな肌を傷付け、血を落としていく。
痛かった。それだけで悲鳴を上げてしまいそうな程だった。
これから先、この胸全てを削ぐのだから、これくらいの痛み、大丈夫よ。
律子はグッと奥歯を強く食い縛り、包丁の柄を握る手に、刃に添える指先に、ありったけの力を込めた。