家へ帰ろう
自然とポケットに手が伸びて、携帯に実家の番号を表示した。
今更、帰れるはずないと意地を張る心と、帰れる場所はあそこしかないと悲しくなる心がぶつかり合う。
散々迷った挙句、俺は携帯のボタンを押した。
コール音が、耳に届く。
四コール目。
いつもと変わらない調子の声が聞こえてきた。
「誠二?」
呼びかける母親の声に、喉の奥が熱くなる。
どれだけ、この広い東京で頼れる人がいないことが心細かったかを痛感した。
「東京は、楽しかったの?」
まるで、遊びにでも行っていたように母親が問いかけてくる。
何も応えられなかった……。
何も言葉が浮かばなかった……。
何かひとつでも言葉を溢したら、今堪えている涙も零れてしまう気がしたんだ。
「お父さんが、駅まで迎えに行くって言ってるから」
帰ってくることがわかっていたみたいな言い方に、意固地な心が少しだけ反応した。
けど、それより何より。
近所のおばちゃんたちが、喫茶店みたいに話す駅の待合室や。
爺ちゃん婆ちゃんしか乗らない三十分に一本のバスや。
畑の真ん中にポツリと立つ実家の風景を思い出すと、俺の心が切なさに締め付けられていった。
母親の問いかけに、かろうじて小さく返事をし、すぐに携帯を切った。
もう、限界だったんだ。
俺は、零れる涙を乱暴に拭い、田舎へ向かう列車に乗り込んだ。
着くまでの暇つぶしに、朝は笑えなかった漫画本をもう一度開いた。
同じように笑えない代わりに、たくさんの雫で漫画本が波打った。