夏音の風

「す、すみません……私、倉科夏音って言います。実は少し道に迷ってしまって……家が神社なんですけど、古風神社(ふるかぜじんじゃ)って分かりますか?」


息をつくことも忘れる程、夏音は懸命に巡回中の警官に畳み掛ける。


この辺りでは神社と言えば、ウチしかない。


それに、巡回して歩く警察の人がそれを分からないはずない。


……こんな不気味な森の中を歩きながら一晩明かすなんて考えられないんだから。


これで帰れる―― 


夏音は、警官が何も言う前から家に帰った後のことばかり考えていた。こんな遅くまで娘が帰らないとなると、もしかしたら父は捜索願いでも出してしまっているのではないかとも。


しかし、そんな夏音の希望は一瞬で打ち砕かれる。


「オ、マエガ、アノガ、タノ、イケニエ」


漆黒の闇に、ザワザワと木々が揺れる音が響く。


自分が助けを求めた相手は人間だったのだろうか?


人の言葉のようで半妖(はんよう)の唸り(うなり)声にも聞こえる。


自身で聞き取れたのは『生贄』という言葉だけだったが、目の前の生き物が普通じゃないということだけは確実だった。
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