夏音の風

昔テレビで観た妖怪(ようかい)は、人間とは見た目も中身も全て違っていた。しかし、10センチも離れていない距離に立つモノは360度どの角度から見ても人間の姿形をしている。


ふとその瞬間、夏音は冷静に考えた。自分は今朝、父の朝食を作り佐川の手紙読み返し返事を決めバスに乗った。そこまではいつもと何ら変わりはなかった。


問題はそこからだ。イヤホンを耳に入れて、それから自分は眠ってしまった。次に目覚めると見たこともない運転手に呼び止められ、真っ暗な森を彷徨(さまよ)い、こうして今人間とは考えられないモノと対峙している。


――これは夢


そう夏音は思った。現実では有り得なくても、夢の中なら十分に納得出来る展開だったからだ。


そう思うと、夏音はこの先何が起こるのかと逆に楽しみになってくる。


……落ち着け、私


これは夢。夢の中なら自由に自分が構想を変えられる。


例え目の前のモノに歯向かったとしても、血を流すこともなければ、死ぬこともない。無敵なんだ。


――こんなの、現実の面白くない世界よりもよっぽどワクワクするわ


「さぁ、バケモノ。煮るなり焼くなり、アナタの好きなようにしなさい」

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