彼の手
もし時間が戻せるのなら………


上り階段じゃなくて、迷わず下り階段を選ぶのに


ううん。
もっと前。

今晩二人で祝杯なんてあげるんじゃなかった。




いやいや、もっと前。
彼と組んでのプロジェクトなんて引き受けなきゃよかった。




ううん。
その前──




あたしの頭は、ものすごいスピードで時間を遡り始めた。






思えば半年前、結婚式当日に婚約者の不貞が発覚するなんてドラマみたいな出来事に自分が遭遇した時に戻りたい。




いや、その前。

そんな男と出会った時に戻れたら、ぜったいそんな男と結ばれたいなんて思ったりしないのに。




今でも鮮明に覚えてる。


何度も試着を繰り返してやっと気に入ったフワフワしたプリンセスラインのドレスを着て、緩やかに巻かれた髪の毛に、生花を飾った自分を早く見てもらいたくて、介添えのおばちゃんが反対するのを押しきって彼の控え室に向かったんだ。



このドアを開けてあたしを見た彼の顔を想像するだけでニヤリと笑えてしまうあたしは、この時、世界で一番幸せな人間だと思ってた。




なのに………
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