恋物語。
「…おーい、知沙~?話、聞いてる~?」
「へ…っ?」
私の目の前で手を横に振る朱里の姿に気づき、ようやく我に返った。
「あ、ごめん…何だっけ…?」
「だからー…新しい家での生活はどう?って。」
申し訳なく言うと朱里は呆れながらも、もう一度そう説明してくれた。
「あ、あぁー…うん。なんとか頑張れてるよ。料理もあんまり得意じゃないけど…毎日頑張ってる。たまには聡さんが作ってくれるし。」
「え!?そうなのっ?井上さん、料理出来るんだ~!どう?井上さんの料理の出来は…?」
いつぞやの“水を得た魚のよう”な朱里を久しぶりに見たような気がする。
「……私より上手い、から…正直、凹む。」
言いながら俯き、眼鏡のフレームを触った。
「……そうなんだ…?」
「うん…。」
朱里はマズイことを聞いてしまった、というような口調だった。
聡さんの作る料理は…どれも本当に上手くて…味だって私が作る物より断然美味しい。
だけど聡さんは優しい人だから…私の作った物を“美味しい”って言って食べてくれる。
作ってくれるのは本当に嬉しいことだって…彼と生活するようになって初めて知った。
彼と一緒に暮らすまでの私は…実家のお母さんに、ずっと甘えて暮らしていたから。
「で、でもさ…っ!作ってくれるだけ、まだいいじゃん!うちの純也なんて一切、作ってくれないからね!?」
「え…?そうなの…?」
必死にそう言う朱里の声に私は顔を上げた。
「そうだよ!?って言っても出来ない訳じゃないんだけどさ…。だから知沙、それは“有り難い”って思わなきゃダメだよ?」
「うん…」
朱里の言葉をしっかりと受け止めて頷いた。