深海魚Lover
「ほらっ」


サッと鞄を拾って、男性は私に返してくれた。


「すみません」


顔も合わせることなく鞄に触れようとした私から、男性は鞄を遠ざけて言った。


「おまえさ
 さっきからずっと謝ってばっかだな

 ここは、ありがとうじゃねえの?」

「ありが…」

「話す時は、人の目を見る!」

「はいっ!
 
 ありがとうございました」


私はこれでも、27歳。

それなのに子供のように扱われながら、私は深く頭を下げた。

下げたままの私の頭に触れる大きな手の感触。

男性に優しく頭を撫でられた私の中に幼い頃の記憶が甦る。

私の頭を撫でるのはお父さん、ううん、お父さんが撫でているのはいつも弟で私じゃない。

そう言えばあの頃から、私は人に感情を見せず避けるようになったような気がする。

幾ら頑張っても、私は何も得られない……

ほろ苦い思い出、忘れていた思い出に私は囚われ、心がものすごく寂れてゆくのと同時に

なぜだか頭を撫でられて、とても嬉しい気持ちにもなる。


変な気持ち……
< 9 / 410 >

この作品をシェア

pagetop