甘く熱いキスで
ユリアの背中が小さくなって、廊下の角を曲がって見えなくなったところでカイはふぅっと息を吐いた。

「おい、カイ!聞いて――」
「聞いているよ。アル、ユリア姉様はもうライナーのことしか見えていない。わかるでしょう?」

そう言うと、アルフォンスは苦い顔をしてユリアが消えた方へと視線をやった。

アルフォンスには気の毒だけれど、彼がユリアと過ごした18年間でユリアの気持ちが恋に変わらなかったのは、そういうことだ。

理屈ではないのだと思う。両親に憧れているのは、カイも同じだ。ただ、自分たち子供に聞かせる話には省かれた部分が多々あるだろうことを、ユリアは気づいているだろうか。

もちろん、それには子供に聞かせるには早い話というものも含まれている。けれど、一般庶民であった母が王家に入るには、それ相応の騒動になったはずだ。

特に、両親が結婚する20年ほど前までは、議会の2大勢力の対立も激しかったと聞いている。自分の生まれる前の話なので、あまり実感はないが、今でもタオブンとファルケンは折り合いが良くない。最近カイもたまに出席させてもらえるようになった議会での雰囲気は重苦しいという言葉がピッタリだ。

「わかるから、余計に危なっかしいんだろ。伯父さんも伯母さんも、何も言わないのかよ?」
「お父様は、忠告はしていたけど……ユリア姉様の意思を尊重するって言っているからね。お母様は……ね?」

カイが意味深に視線を投げ掛けると、アルフォンスは呆れたように弱々しく頷いた。

ヴォルフはあくまでユリアの好きにやらせてやれというスタンス、フローラはかなり心配しているが、ヴォルフに丸め込まれている状態だ。

「でも……お母様の心配の仕方、ちょっとおかしい。イェニーだけじゃなく、エルマー伯父さんがあまり良い顔をしていないのも引っかかる」

イェニーが口うるさいのは、日常茶飯事というところがある。だが、普通ならこの状況を楽しみそうなエルマーまでが心配しているのは、違和感がある。
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