最高のご褒美
最高のご褒美
会社とは往々にして理不尽なことが起きる場所である。
ましてや、上司が仕事のできない男であればなおのこと――。
「まったく、後輩の指導も大切な仕事なんだよ。君の指導が行き届いていないから、だからこういったミスが起こるんだろ?わかってるのか?」
「申し訳、ありません……」
皆のまえで叱責され、頭を下げて謝罪する。
実際は叱責も何も明らかな言いがかり。
悔し涙をぐっとこらえて、唇をぎゅっと強く噛みしめる。
ここは企画営業部で、私が所属する第一グループのリーダーは典型的な仕事のできない困った上司。
部下の手柄は自分の手柄にするくせに、部下のミスは部下のミス。
上司としての責任なんて決して取らない。
いつも誰かに責任転嫁。
そして、今日の犠牲者はこの私……。
後輩のミスは先輩である私の指導力不足である、と。
そもそも私はまったくその案件にかかわってもいないのに、たまたま席が隣で同じ女性社員という理由で。
もう、わけがわからない……。
「何年目になる?いつまでも新人気分じゃ困るんだよ」
自分のデスクに呼びつけて声高に罵るのが上司のいつものやり方だ。
わざと皆に聞こえるように、まるで見せしめみたいに。
上司としての威厳を見せているつもりか。
あるいは、責任は自分にないと誇示しているのか。
毎日のようにグループ内の誰かしらが被害にあっている。
もはや状況も心情も暗黙のうちの了解だ。
昨日の俺や、明日の私。
わかっていないのは上司だけ。
おそらく、誰も私を責めてはいないし、誤解だってしていない。
それはわかる、わかってる。
でもやっぱり、憐みの目でこちらを見る皆の視線が痛かった。
「以後は十分に気をつけるように」
「はい」
「この件については君が責任をもって処理すること。早急にだ。わかったならもう下がりなさい」
「はい。失礼いたします」
不本意ながら、もう一度だけ頭を下げる。
この場から一刻も早く立ち去りたくて、私は俯き加減のまま化粧室へ足早に向かった。
すると――ちょうど部屋を出たところですれ違いざまに誰かにぶつかった。
完全にこちらの前方不注意だ。
「あっ……す、すみません」
「いや、こちらは大丈夫。藤倉さんは?平気?」
その声にはっとして顔を上げると、第二グループのリーダー、"戸波さん"だった。
タイミングが悪すぎる……。
こんなひどい顔、見せたくなかったのに。
こんな、悔しさでみじめに歪んだ醜い顔。
特に戸波さん……"彼"には見られたくはなかった。
「私、ちょっと急いでいて……不注意ですみませんっっ」
恥ずかしくて、情けなくて、申し訳なくて、ぺこぺこ平謝り。
そんな私の耳元で彼は囁いた。
「(本当に、大丈夫か?)」
ちらりと周りの様子をうかがいつつ、他の誰にも聞こえない小さな声で。
「(今夜、ゆっくり話聞くから)」
心配そうに優しく微笑むその顔は、上司ではなく恋人の"戸波裕介"の顔だった。
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