最高のご褒美
直属ではないけれど、彼は上司で私は部下で。
二人の関係がそれだけでなくなったのは、三か月ほど前のこと。
彼が所属する第二グループで起きたトラブルがきっかけだった。
頼りにしていた中堅メンバーの急病……その穴を皆でカバーするべくグループの違う私も助っ人として駆り出された。
私に与えられた仕事はリーダーである戸波さんをサポートすること。
そうして、思いもよらない転機が訪れた。
会議室といってもそう広くはない部屋に、二人きり。
プリンタが資料を印刷する音が地味に響く。
戸波さんと私はこの小会議室を作業場所にして、プレゼン資料の作成を進めていた。
「助かるよ。藤倉さんは仕事が早いうえに正確で」
「そんなことないです。戸波さんの指示がわかりやすいからですよ」
「そう言ってもらえると気が楽になるな。まったくこっちは無理ばかり言っているのにさ」
少しほっとしたようなその笑顔が素直に嬉しかった。
「戸波さんの下だと仕事しやすいです。なんか、すごく……安心感があって」
お世辞でもなんでもない、紛れもない本心。
戸波さんは、その業績が認められて異例の若さでグループリーダーに抜擢された実力派。
厳しいけれど頼れる上司として人望も厚い。
私もそんな彼を尊敬し、ひそかに憧れを抱いていた。
「戸波さんって、"責任は俺が取るからやってみろ"って言ってくださるじゃないですか。あれってすごく勇気が出るし、頑張れるって思うんですよね」
私の直属の上司は絶対に言わない言葉だもの。
隣のグループで戸波さんの部下としていきいきと仕事する同期が羨ましかった。
「藤倉さんは、周りのことをよく見てるよな」
「えっ」
意外な指摘に思わず戸惑う。
だけど、少しでも気にかけて見ていてくれたなんて。
すごく嬉しくて、すっごく……感激。
「いつも状況を冷静に見ていて、さりげなく周りをフォローしてくれてさ。うちのグループの新人も藤倉さんのこと頼りにしてるみたいだし」
「そんな、褒めすぎですよっっ」
職場で褒められるなんて、まして直属ではないにしろ上司に認めてもらえるなんて。
そんなこと慣れていないからどうしていいかわからない。
それなのに、戸波さんはさらに私を混乱させる。
「俺、前から藤倉さんと仕事したいって思ってた」
「ええっ。本当、ですか……?」
「本当。藤倉さんが同じグループだったらなぁとか思いながら、ずっと――」
ずっと…………?
まるで夢のようなシチュエーション。
これってホントに私の現実?
なんだか、信じられない……。
でもやっぱり目の前にはちゃんと憧れの人がいて。
二つ並べた長机の向こうから私のことを見つめている。
「ずっと、気になってた。いつもその、つい気になって。出先から戻りの電話するときなんか、藤倉さんが出てくれたらいいなぁとか期待したりして。で、そう思って電話して本当に藤倉さんがでたときなんて、すっごい嬉しかったりしてさ」