溺愛御曹司に囚われて
ピアノの側に、寄り添って立つふたりがいる。
ストライプが入った深い紺色のスーツを着た高瀬に、真っ赤なドレスの秋音さんはどこからどう見てもお似合いだった。
秋音さんは高瀬の腕に自然に腕を絡め、時折楽しそうになにかをささやきかける。
そのささやきにそっと微笑み返す高瀬を見たとき、心臓がすっと冷えた。
あの口紅もメモも、秋音さんのものなのだろうか。
ああして寄り添っているときに、あのファンデーションがついてしまったの?
ここへ来た目的も忘れて豪華な食事に夢中になって、私ってなんてバカなんだろう。
こうやって私が高瀬から目を離している隙に、彼のスーツに私以外の女性の痕跡を残されていたというのに。
しかもあんなわかりやすい口紅でアピールされるまで気づかないなんて。
いざ高瀬を追って来てみても、それを見せつけられているだけだなんて……。
「で、どうかな? なんなら上の階に部屋をとってあるから、とりあえずそこでひと休みしてもいい」
私の耳元でなにか言っていた男が、腰にまわした腕にグッと力を込めさらに身体を寄せた。
放心状態だった私は、細いヒールがよろけてそのまま男の胸に寄りかかってしまう。
「ちょっと、ヤダ……!」
「そんなこと言いながら僕の胸に飛び込んできて、かわいらしいなあ」
男が耳元に顔を寄せてささやく。
そのアルコール臭い熱い息に、涙があふれそうになった。
必死に胸を押し返しても振りほどくことができない。
私、ほんとになにやってるんだろう。
こんなところを高瀬と秋音さんに見られたら、恥ずかしくて情けなくてどうにかなってしまいそう。
「やめてください、ほんとに私っ」
私の腰を押して会場を出ようとする男の腕を、もう一度振りほどこうと身をよじる。
そのとき、突然力強い大きな手に腕を掴まれ、私を拘束する男から勢いよく引き離された。