溺愛御曹司に囚われて
秋音さん――高瀬のお姉さんでヴァイオリニストの、とても綺麗な女の人が待っているはずのレストランの前まで来て、いったん足を止める。
私はひとつ深呼吸をして息を整えると、そっと店の扉を押し開けた。
お店の中はお昼時だというのに比較的空いていて、テラス席から差し込む太陽の光でやわらかく照らされていた。
店内には人も少ないし、秋音さんは人目を惹く不思議な魅力のある女性だったから、すぐに彼女を見つけることができた。
彼女はお店に入ってきょろきょろと店内を見回した私と目が合うと、にっこりと微笑んで軽く首を傾げる。
本当にあの秋音さんがいる。
もちろん、高瀬のお姉さんに会うのはすごく緊張する。
でもそれと同じくらい、昨夜のリサイタルで聴いた秋音さんのヴァイオリンの音がまた耳に蘇るみたいで、私はカチコチになりながらその席に向かった。
テーブルの前まで来ると、秋音さんがキラキラした大きな黒い瞳をいっそう輝かせて立ち上がる。
「あなたが小夜さんね」
「は、はいっ! えっと、深春さんとお付き合いさせていただいています、森下小夜と言います」
緊張しながら頭を下げると、秋音さんは鈴を転がしたような美しい声で笑った。
「ヤダ、そんなに固くならないで。私、あの子に怒られたの。姉貴のせいで彼女に誤解させたってね」
「え? たか……み、深春さんが?」
秋音さんはニコニコ笑いながらうなずく。
高瀬ってば、ちっともそんな素振りを見せなかったのに。
昨日は一ノ瀬先生のことばかり気にしていると思っていたけど、やっぱり浮気を疑ったこともショックだったんだ。
「まあ、とりあえず座って。仕事中に突然ごめんなさい。時間は大丈夫かしら?」
「あ、はい。お昼休みの時間なので」