溺愛御曹司に囚われて
「英国式のとっても素敵な庭園があるの。ハルちゃんはそこが大好きで、しょっちゅうパーティーを抜け出して居眠りしてるのよ」
美しくて広大な庭園、そこでひとり隠れて居眠りする高瀬。
やっぱり高瀬はいつものように寝転んでぐうたらするのが好きで、パーティーに行ってさえそうなんだと思ったらなんだかおかしかった。
「さ、そろそろ中に入りましょうか。もうすぐ始まるわ」
「はい」
うなずき、秋音さんが渡してくれたチケットを握りしめて立ち上がる。
秋音さんがくれたこの切符で、きっと高瀬に会いに行こう。
怖がってばかりなのは、いい加減終わりにするんだ。
どのみち、もう元には戻れない。
それなら、このコンサートの日までに、必ず私も答えを出そう。
* * *
ピアノコンクール午前の部、予選がはじまった。
種本月子は予選の中盤辺りに登場した。
淡いひまわりの色をした、ふわりとひろがるドレスを着ている。
彼女が選んだ二曲はショパンとドビュッシーの楽曲だった。
ショパンの『エチュードOp.10-4』。
嬰ハ短調で急速に鍵盤の階段を上ったり下りたり。
”鍵盤の天使”と言われた頃の技術は衰えることなく、まあるい玉のような音が舞う。
ドビュッシーは『月の光』。
ベルガマスク組曲の三曲目、変ニ長調。
ほとんどがピアニッシモで演奏される美しい夜想曲。
超絶的な技巧がなくても、丁寧に丁寧に紡ぐ音が聴衆を惹きつけて離さない。
そこにいるのは、天才・ピアニスト種本隆盛の娘でもなければ、半年前のコンクールで大失敗をした”鍵盤の天使”でもない。
二日前に会ったときから、また少し雰囲気が変わったようだ。
胸を張ってステージからお辞儀をする種本月子は、すごく晴れやかな表情をしている。
まだまだ、もっとすごいものを魅せてあげる――。
彼女をあんなふうにしたのはいったい誰なんだろう。
今の種本月子を見れば、そう考えずにはいられなかった。