溺愛御曹司に囚われて

お昼に休憩があり、その間に選考が行われ、予選通過者が発表された。

種本月子は予想通り本選への出場が決まり、すぐにオーケストラとの練習と演奏の打ち合わせに入る。

予選通過者は彼女を含めて三人だった。


「種本先輩、やっぱりすごかったね! さすがって感じ」


休憩の間にお手洗いに行ったとき、興奮した様子の女の子たちの話し声を聞いた。
たぶん桜庭音大の学生なんだろう。


「やっぱりあれかしら、あの記事の……」

「あっ、私も見たよその記事! お似合いよね、ほんとに憧れる」

「私も今度の演奏会はsoirを履こうかな」

「えー、ズルい! 今度一緒にお店に見に行こう」


きゃっきゃと騒ぐ女子大生たち。
言葉のひとつひとつが、冷たい氷の矢となって私の心臓を抉った。

高瀬にとっても、種本月子と恋人同士であったほうがいいのかもなんて。
放っておくとどんどん思考が暗くなる。


そして午後三時過ぎ。
種本月子は三人中一番目の演奏で本選がはじまった。

選んだのはラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18』。
ピアノ協奏曲の中でも極めて難曲に数えられる有名な曲だ。

そして、復活の曲でもある。

この曲を発表する前に批評家から酷評にあい、スランプに陥ったラフマニノフ。
そんな彼がまわりの人に支えられ、自信を取り戻す美しくも力強い協奏曲。

クラシック音楽には詳しくはない私だけど、彼女自身の境遇と重なって胸がぐっと詰まった。

あれだけの失敗をしても、もう一度このステージに戻ってみせた。
それも今度は自分の足で、しっかりと。
彼女はなんて強くてしなやかで、美しい音楽家なんだろう。

演奏を聴いている間、何度も肌が粟立った。
拍手の嵐とスタンディングオベーションの中、私は立ち上がることもできない。

soirの靴を履いて胸を張る種本月子に、理由のわからない涙があふれた。
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