溺愛御曹司に囚われて

お昼休みにはダッシュで家に帰って、今日のコンサートに着ていくためのワンピースを引っ張り出してきた。

三日ぶりに帰った部屋は、なんだか少し荒れていた。
ごみ箱にはコンビニ弁当の空容器が溜まっている。
洗濯カゴには衣類があふれ返りそうなほど詰め込まれている。

ソファの背もたれには脱ぎっぱなしのスーツが掛けられていたので、それだけはクローゼットの中に戻してきた。

私が帰らなかった間も高瀬はたしかにここで生活していたようなのに、ベッドだけが妙に整えられたままだった。

高瀬はソファで寝ていたんだって、なんとなくわかった。
私も高瀬が出張でいない夜は、あの広いベッドが寂しくなる。

ソファの上で小さく丸くなって眠る高瀬を想像したら、ちょっとだけ泣きそうになった。

今日はちゃんと、あなたに会いに行く。
そして聞いてほしいの。
あなたのことが、こんなにも大好きだったんだってことを。


* * *


シルエットの綺麗な、群青色のワンピースを着る。
きゅっと締まったウエストと、ふんわりと広がるスカート部分がお気に入りだ。

足元には高瀬がいつだったか『余ってたからもらってきた』と言って私にくれた、黒いsoirのハイヒールを合わせた。

ワクワクした気持ちと少しの不安を抱えてタクシーに乗った私は、秋音さんのコンサート会場を目指す。


「帝国葦原館までお願いします」


こんなセリフ、人生で二度と言わないかもしれないと思ったらちょっと声が震えた。

日がおちて灯りのついた街を、タクシーの窓からぼんやりと眺める。
私の乗ったタクシーは煌びやかでオシャレな街並みの中を走り抜け、一際大きな建物の門へ吸い込まれていった。
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