【完】女優橘遥の憂鬱
 あれ依頼……
一度たりとも感じたりしていない。


あのカメラマンが、あまりに上手だったから。
私のヴァージンを奪った百戦錬磨の俳優より誰よりも……

だから彼のために取っておく。
本当の絶頂は残しておくことにしたのだ。
それが私に出来る唯一の抵抗だった。




 私は未だ、監督に言われるままに演技する。

幸い、お客様に顔は見られないのだ。


何故か、監督は私の相手をお客様と呼ぶ。


そのお客様方は、全員バックから遣りたがる。
デビュー作品を思い出して感じたいそうだ。

皆に見られても、撮られてもへっちゃらのようだ。

後でモザイク処理されると解っているから大胆に、遣りたい放題入れてくる。


だから監督も、バック以外はさせない。

私のふてくされた顔を見せないようにしただけなのかも知れないが。

お客様は、イク前には出して放出する決まりだ。
つまり幸いなことに、私はまだ彼以外受け入れていないのだ。

それだけが救いだった。
私の支えだった。


私はただ監督の指導で、ヤラセ演技の喘ぎ声を上げる。

決して、素人のお客様相手に感じている訳ではないのだ。


それでも満足してお帰りになられる。

一体私の何に感じるの?

私は淫らな女になっていくしかないのだろうか?




 出来れば、最初が彼なら良かった。

どんなに痛くても我慢出来たのにと思った。


もしあの椅子が此処にあったら、私は自らを捧げたい。

もう一度、八年前のヴァージンだった頃に戻って……

それほど、苦しい日々だったのだ。




 彼に犯されているのに、不思議な感覚になったことを思い出す。


(あれって、イカされた訳? あぁだったらもう一度遣られたい。中年のお客様じゃいや……。若いあの身体で彼に激しく遣られたい。ねぇ、今すぐ此処に来て、私を抱いて……)




 私はどうして此処にいるの?
ふと、そんな疑問にぶつかる。

監督は、何故私を自由にさせてくれないのだろう?
私を育ててくれた両親の借金はあとどれくらいあるのだろうか?




 デビュー作品が大ヒットしたと聞いている。

なら、それなら今すぐ私を開放して……

私の願いはそれだけだった。



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