【完】女優橘遥の憂鬱
 「ジン・神と呼ばれた男、か」


「読んだの?」

俺は素直に頷いた。


「あれは単なるこじつけ。第一俺が神の訳がないじゃないか」

海翔君はそう言いながら笑っていた。


「それでもイヤだった。今更だったけど……、俺はその時其処から逃げる決意をした。みさとのことが脳裏を掠めた? そうかも知れない。俺は逃げる途中でみさとのことばかり考えていた。でもみさとは兄妹なんだって言い聞かせたてもいたんだ」


「えっ、今何て言った?」


「妹かも知れないと思ってもいたんだ。でっち上げでもスキャンダルになる世界だ。だから、ホストを辞めて東南アジアに戻ろうと思ったんだ。でもそれは出来なくなった。父が日本に帰ってくるかも知れないと解ったからだよ。あっ、結局妹じゃなかったんだ。本当はイトコだと解っていたけど、心配だったんだ」


「良かった。あれっ、そう言えば彼女から聞いたことがあったな。確か、ハロウィンの悪夢の拉致現場で、一緒にいた男性が海翔君のことを兄貴だって言っていたって」


「弟は知らなかったんです。アイツは父親の海外派遣が決まった時、みさとの母親に託されましたから……。みさとを妹だと信じていたんです」


「でも海翔君にとっては初恋の人だった?」

俺の質問に海翔君は頷いた。




 「それより、そろそろ出発します?」


「あっ、仕事忘れてた」

俺達は慌ててファミレスを飛び出した。


「ありがとう海翔君。真面目に仕事やらなきゃ社長にどやされるトコだった」


「いや、此処なら誰に見られても平気だよ。だから案内したんだ」


「それじゃもうちょっといる?」
俺は冗談とも本気ともとられる発言をしていた。


「うん、そうするか? 何て冗談だ。よし出発!!」




 俺達は早速バイクに二人乗りをして、その現場に向かった。

でも着いた所は愛の鐘建設予定地ではなかった。
それはどうやら一軒の農家のようだった。


「えっ、此処何処?」


「知り合いの豚農家の。実は、この家の豚を借りたんだよ。まずはそのお礼と、又借りられるかの交渉」


「へー、此処から借りたのか?」


「あの時『でも……、俺には車が無い。あの土地に豚を運びたいのに、豚も車も無いんだ』そう言ったんだ。したら、『何に使うかは判らないけど、豚も車も家にはあるよ。良かったら使ってくれないか?それで、交渉成立だ」

そう言いながら、海翔君は呼鈴を押した。




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