学芸員の憂鬱
柿渋を保存する瓶の栓として使った油紙の上に敷いた書き損じの和紙に柿渋が染みたのだ。

「もう、柿渋の作用はご存知でしょうが…この部分が腐らずに残ってた部分ですよ」

「確かに何度も書き直してますね…支払い期限の事ですかね?」

「みたいですね…あまり綺麗な字ではありませんが、私のルーツなので」
少しだけ侘助が笑う。

「ルーツですか?」

「まぁ…それのお陰で家を継ぎはらんと公務員してはるんよね…」
入口に侘助の祖母が立っていた。

「また、その話ですか…」
再び侘助が笑い、同じ顔をした祖母も笑う。


「で…これが資料…侘助さん手が離せないから雨衣に作って貰え…って預かったよ」

「え?侘助さんの実家に行ったの?」

「うん…おばあちゃんが居たよ。雨衣は知ってた?」
侘助のルーツになったらしい紙を見ながら尽が笑う。

「侘助さんにそっくりな方でしょ?」

「おばあちゃん、何やってる人なの?糊の匂いがした」

「表具屋さん。全部自社でやってるの」

「表具って、襖や障子だよね?おばあちゃんは家を継がずに…って言ってたけど」
尽用に持ち帰った和紙に、また和紙を挟む雨衣の姿を目で追う。

「双子のお姉さんは生糸屋さんを継いだでしょ?侘助さんには表具屋を継いで欲しかったみたい。表具屋って…古くなったり、破れた物を新調するでしょ?どんなに手の込んだものでも…」

先に依頼を受けていた手紙の修復をする侘助が尽に気付く。

「どうかしましたか?」

「あ…あの…」

「…私は壊して新調する仕事より、古い物を修復する方が楽しいんですよ」
雨衣が言っていたものと同じ答えが返って来た。

「…その手紙は?」

「剣士の手紙ですよ…最近、発見されたんですけど鼠に齧られてて…」
尽に見やすい様に向きを変えてくれる。

「これ…沖田総司?達筆だな…」

「修復は…過去と今を繫げられる…
古くなったら壊して、また作って…より性に合うんですよ。まぁ、それが勿体無くて出来ない…と言って先代達が溜め込んで来たガラクタ置場があの部屋なんですが」

「明日、学校は休みなんですけど、何処か行きますか?」

「一日この修復をします…巡さんと行きますか?」

「雨衣は必要な物を実家に取りに行くらしくて…俺の資料を借りて帰っていいですか?」

「構いませんよ」
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