不条理な恋でも…【完】
ほのかの唇は、甘く溺れてしまう麻薬のようだった。

それでいて、触れることをついためらってしまう…

穢れたものを浄化するような清らかさを持ち合わせている。


唇をほんの少しだけ離し、俺は目を閉じた瞼に…

眉毛のラインに…

真っ赤になった頬に…

口の端の両方に…

あご先に…

耳たぶに…

顔のありとあらゆるところを、啄むようにゆっくりとゆっくりと

俺の唇の感触を刻み込んだ。


それから、君の唇を舌で上から下へゆっくりと何度もなぞる。

まるで甘いものを舐めつくすかのように…

君の唇は…

本当に甘かった。


生まれて30年を過ぎ、やっと欲しかったものが手に入った。

いつもいつも欲しいと思ったものはいつの間にか俺の掌をすり抜けていき、

結局は指をくわえて見ているしかなかった。

母親の愛も、平凡な家庭も、俺には最初からそんなものはなかった。

初めて本気で惚れた君すら、なかなか手にはできなかった。


今までの辛い人生で、君それ自体が、その存在全てが俺にとっては

初めての勝ち取ることのできた褒美だった。

俺は満足するまで飽くことなく、その甘美な褒美を大切に大切に

喰らいつくそうと思う。
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