青春を取り戻せ!
全く事態が把握できなかった。

少し離れて眺めていた。
とても近付く気になれなかった。 

黒くカーペットを染めている物の正体が血だということはわかった。
それの発祥地が女からということも。

血の気の引いていく頭で、今度は夢であってくれと願った。

女の顔は知らなかった。

年齢は35ぐらいか?しかし、死相と厚化粧とを引いて足すと、30ぐらいにも思えた。

お水か?でも着ている服は地味なスーツ姿だ。

……自分の記憶に何度も問いただしたが、顔も、何故ここで死んでいるのかも、思い当たらなかった。

あまりに超越した事態に、驚きや高揚よりも、もう一人の自分が、上から自分を含めた情景を客観的に見ているのが感じられた。

思い切って近付き、手首を取った。

………脈は無かった。

どうすればいいのか?脱力した頭と体では明快は出てきそうもなかった。

…取りあえず救急車は必要ないということだけはわかった。

ふらふらと玄関に行った。

…逃げ出そうと思ったのでも、ボンに明解を聞こうと思ったのでもなかった。ただボンの少し上がり気味で鳶色(とびいろ)の優しい光をたたえた目が見たかった。

ボンはいつもと変わらず、敷居に前足を乗せ、無邪気にシッポを振っていた。

ドックフードにミルクを混ぜ、丹念に練った。

いつもより丹念に心を込めた。
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