右隣の彼
店の中にはお客が3組ほどいたが
どの客も岸田君を知っている様だった。
カウンターでグラスを磨いているバーテンダーさんから
いらっしゃいませと笑顔でお絞りを手渡せれる。

・・・ん?
誰かに似てない?
誰かに・・・

あんまりじっと見るのは失礼かとちらちら見てると
横でクスクス笑う人約一名。
その笑い声でわかった。

岸田君に似ていると・・・
「あっ!」
岸田君とバーテンダーさんを交互に指さすと
笑いを堪えていたバーテンダーさんが私の前にカクテルを差し出した
まるでフルーツポンチのようなかわいいカクテル
シンガポール・スリングだった。
「はじめまして、いつも弟がお世話になってます。
 兄の岸田駿(きしだすぐる)です。これは僕からのプレゼントです」
「お・・お兄さん?!は・・はじめまして私、岸田君・・・弟さんと同じ会社のー」
「津田一美さんですよね。弟からよくあなたの事を聞いていますので」
聞いている?一体どんな事喋ってんのよ。
彼氏がいない残念なアラサ―とか、こき使われてるとか?
「ちょっと岸田君あなたお兄さんになにー」
岸田君は驚いている私を横目にすました顔してジントニックをオーダーした。
ちょ・・ちょっと待ってよ。
話はおわってないし・・・
言いたい事はたくさんあるのに
ジントニックが出来上がると岸田君はとにかく飲もうとそれ以上
何も言わなかった。

『お疲れ様』
腑に落ちない点は多々あるけど仕方なく乾杯し
飲むのがもったいないくらいのかわいいカクテルを一口飲んだ。
「おいしい~・・・私これ初めて飲んだけど見た目よりそんなに甘くなくって
 私これ好きかも」
単純なもので、おいしいお酒とめぐり合いさっきまでの緊張と動揺はどこへやら
凄く楽しい気分になっていた。
そんな私を岸田君はグラスを片手に笑っていた。
「なに?」
「ん?・・・先輩って裏切らないなーって」
「裏切らないって何を」
「そのリアクション。さっきまではここが俺に兄貴の店だって知って
 動揺していたのにお酒飲んだ途端もう上機嫌。」

・・・・どうしてそんなに私の事わかるのさ・・・
ってか、そもそも私がここに来てもいいの?
いくら私が会社の先輩とはいえお兄さんのお店はもろ隠れ家的なバーで
お客さんも常連さんばかり
きっと岸田君の事だから彼女ともここでデートしているの違いない。

「ここに私なんか連れてきちゃって、彼女に悪いんじゃない?」
「え?」
「だーかーらー。ここって彼女ともよく来てるんでしょ?
 私となんかいたら・・・まずいんじゃ?」

「べ・・別に・・大丈夫ですよ」
ぶっきら棒に言いながら視線を逸らす岸田君。
怪しい・・・その思った時だった。
「彼女?・・・・お前ってー」
カウンター越しから聞こえてきた声はお兄さんの駿さん。
彼女の語尾が上がっていた。
疑問形?
しかもお兄さんがお前って―何か言おうとしたのに
岸田君は明らかに動揺しながらジントニックのおかわりをお兄さんに
頼んだ。
・・・ますます怪しい・・・


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